アラフィフ女子。「会社をやめたい私」の揺れる心の整理方法

毎日、頭の中を「会社を辞める」という言葉がぐるぐると回っていました。 ここ数年、ずっとその状態です。

3年前に使い始めたミドリの「しあわせ日記」。

良いことがあった時にちょこっと記入できる日記帳なんだけど、私は新月と満月の夜に、願いが叶った体で書く「予祝(よしゅく)」を書いています。

久しぶりに見返してみると、そこには「会社を辞めて、穏やかな生活を送っている」という文字が並んでいました。

私の願いは、もうずっと前から決まっていたようです。

目次

「たまたまそこにいただけ」の管理職という重荷

短大を卒業して25歳くらいには結婚退職するんだろうなぁと、のほほんと過ごしていた若かりし頃。

現実はそう甘くなく、いつの間にか一般事務から総合職へ。

世の中の「女性活躍」という波に押されるように、断りきれず管理職になって3年が経ちました。

中小企業の管理職は、まさに「何でも屋」ですよね。

現場の仕事、他部署との調整、部下の相談事への決断、上から突然降ってくる仕事。そして私が一番苦手だったのが「査定業務」でした。

「私みたいな人間が人の評価をしていいの?」

そんな自問自答を繰り返しながらも、部下のお給料に直結するので、適当には付けられません。

上司からは「早く評価して回してね」と言われるけど、一人ひとりの顔を思い浮かべると、どうしても時間がかかってしまう。みんな真面目で優秀な人たちなので・・・

こんな頼りない自分が、このまま続けてると上司の立場になる・・・考えただけで足がすくんでしまいます。

「無職」という看板のない世界への恐怖

昨年の繁忙期、ついに心が限界を迎えました。

上手く現場を回せない現実と、持病のバセドウ病も重なり、数値が安定しない日々。

「この繁忙期が終わったら会社を辞める!」と決意し、役員面談で4月退職の意向を伝えました。

役員からは休職という選択肢もあるし、出来るだけ長く居て欲しいと言われました。

私も面談前に、「本当に私は辞めて大丈夫??」という不安と恐怖が襲ってきて、結局

辞める日程については再検討することになりました。

怖くなった理由は、

32年間、当たり前のように振り込まれていたお給料がなくなること。

「会社員」という看板を失い、何者でもない自分になること。

独身で頼れる夫もいない私が、世間からどう見られるのか。

「でも、もうすぐ53歳だよね?」 自問自答の声が響きます。

定年まであと7年。自分らしく居られる時間を、自分にプレゼントしてあげてもいいんじゃないか。

決断が揺らぐばかりです。

行き先は見えない。けれど、やってみたい。

退職後のプランは、なんとなく考えているけど上手くいく保証はありません。

会社員ではなく、生活できるぐらいの収入を得られたらと思っています。

ずっと憧れていた図書館で働くことと、在宅で少しの収入を得られることが理想です。

今までずっと実家暮らしで、休日は帰る時間を家族に伝えて出かけています。

それがたまに不自由に思える事も。

親が高齢なので今から一人暮らしは難しいけど、二拠点生活が出来ないか思案中。

親と一緒にいられる時間も、おそらくあと10年ほど。

その頃、私は63歳。人生は長く思えるけど、あっという間に終わっちゃいそう。

まとめ

上司からも「休職」を提案されています。

私の将来を心配して、何度も食事に誘ってくれる優しい上司。

親身になって考えてくれているのに、決断できない自分へのもどかしさ。

でも休職後、復帰したとしても管理職の役割は変わらない。

それはたとえ部署が変わっても同じなんだよなぁ。

ネットニュースで「しがみつき社員」が急増しているという記事をみました。

働き方改革で、社員に優しい会社が増えてきましたよね。

在宅もしやすいし、休みやすい、残業も減っているので居心地が良くなっているのは確かです。

やっぱりもう少し我慢して続けるべきか?!

と気持ちがグラグラしていますが、こうやって自分の気持ちを文章にすると本心が見えてくるように思います。

パソコンのメモでもいいし、直筆でノートに思いのまま書き連ねるのもおススメです。

私は、前に進んでみたいだな~

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この記事を書いた人

勤続30年を超えたアラフィフ独身OL。両親の介護も視野に入ってきたけど、人生の後半は穏やかで丁寧な暮らしをしてみたい。憧れのセミリタイアを目指してやりたいことを模索中。趣味は大河ドラマを観ること、食べること、神社仏閣巡りと歴史が好きです。

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